ノラ・ジョーンズ最新作『ザ・フォール』を語る
2016/7/21 UP
ブルーノート プレス・リリースより
「今回のアルバムを作るにあたって、あるサウンドが念頭にあったの」
とノラ・ジョーンズは語る。
「以前のアルバムより現代的でヘビーなグルーブを出したかった。それに、これまでと違うことをしたかった。今までずっと同じミュージシャンたちとセッションしてきたけど、今回は別の人と組んでちょっと実験してみるいい機会に思えたわ」
こうして新たな実験の結果として生まれたのが、過去数々のグラミー賞に輝いたノラのニュー・アルバム『ザ・フォール』だ。今作は、世界で合計3,600万枚のセールスを記録した過去3枚のアルバムから劇的な変化を遂げている。
『ザ・フォール』で、まず最初に目を引く変化は、ずらりと顔をそろえた新たなコラボレーターたちだ。プロデューサーのジャクワイア・キングは、これまでキングス・オブ・レオン、モデスト・マウス、トム・ウェイツらを手がけてきたが、今作ではノラが新たにミュージシャンを集めるのにも協力し、ドラマーにはジョーイ・ワロンカー(ベック、R.E.M.)とジェイムス・ギャドソン(ビル・ウィザース)、キーボーディストにはジェイムス・ポイザー(エリカ・バドゥ、アル・グリーン)、ギタリストにはマーク・リボー(トム・ウェイツ、エルヴィス・コステロ)とスモーキー・ホーメル(ジョニー・キャッシュ、ジョー・ストラマー)を迎えることになった。また、ノラは著名なソングライターの力も借り、ライアン・アダムス、オッケルヴィル・リヴァーのウィル・シェフ、そしておなじみのジェシー・ハリスらと共作している。
「新作のためのパートナー探しをしてたの。今までと違った視点を持っている人と組まないと、違ったサウンドは作れないから」とノラは言う。「しばらく探しているうちに、大好きなアルバムのひとつ、トム・ウェイツの『ミュール・ヴァリエイションズ』に目がとまって、エンジニアのクレジットを見てみたら、ジャクワイア・キングの名があった。トム・ウェイツみたいな音にする気は全くなかったけど、あのアルバムには、私が求めている要素があった。美しさと荒削りさがバランスよく調和しているうえに、とてもナチュラルなサウンドなの」
グラミー賞8冠に輝いた2002年の『ノラ・ジョーンズ』、2004年の『フィールズ・ライク・ホーム』、2007年の『ノット・トゥ・レイト』。ビルボード誌のアルバム・チャートで首位を獲得し、マルチ・プラチナを記録した3枚のアルバムで、ノラはその官能的なヴォーカルと、ジャズ風でピアノ主体のポップなスタイルをベースに、強烈な個性を確立してきた。しかし、『ザ・フォール』では、リズムセクションを強調するのと同時に、自ら弾くギターをサウンドの前面や中心に置いている。
「昔からピアノよりギターを使って作曲することが多かった。今回これまでとかなり違っているのは、私がギターでリズムパートを弾いているせいで、今まで以上にリズムが強調されているってこと。ピアノを弾くときは、リズムパートはあまり演奏せず、ほかのサウンドの上にピアノの音を降り注ぐみたいな感じにしたわ」
ノラにとって何より感慨深いのは、20歳のときにジャズシンガーになるのを夢見てテキサスからニューヨーク・シティへ移り住んでから、大きな変化を経験したことだという。当初は、ジャズのギグや、シンガーソングライターにとっての聖地であるリヴィング・ルームでのショーを慌ただしく行き来しながら、「13番通りの小さなアパートメントのベッドに腰を下ろして」曲を書きはじめた。やがて、ブルーノート・レコードのブルース・ランドヴァルの目にとまったことがきっかけとなり、デビュー・アルバム『ノラ・ジョーンズ』が誕生し、大ヒットとなった。
「まだわずか7、8年前のことだけど、はるか昔のように思えるし、今の自分は、あの頃とは全く別人のような気がする。当時は常に混乱状態で、どんどん勾配がきつくなるばかげたジェットコースターに乗っているみたいだった。もっと楽しめればよかったけれど、ひたすら必死に働いて気が変になりそうだった」
とはいえ、華々しい成功のおかげで、ノラは幅広いアーティストとコラボレートする機会にも恵まれた。ドリー・パートン、ウィリー・ネルソン、レイ・チャールズ、アウトキャストのアンドレ3000、Qティップ、アンディ・サムバーグのコメディ・グループであるザ・ロンリー・アイランド。こうして多種多様なサウンドや曲作りを肌で感じたノラは、新たな道へ踏みだして自分らしい音楽を作ろうと考えるようになった。
『ザ・フォール』の方向性が、形を見せはじめるまであまり時間はかからなかった。アルバム制作のために最初に書いたいくつかの曲のうちの1曲から、自然と明らかになったのだ。
「1年ほど前に自宅のスタジオでいくつかデモを作った。友人を何人か呼んで、この”Chasing Pirates”という曲のために、クールなドラムパートを入れたクールなアレンジをみんなで考えたの。思っていたのと違う方向へ進んだけど、その方向で試してみることになったの」
とノラは語る。
そしてニューヨークとロサンゼルスのスタジオで何組かのミュージシャン・グループとセッションしながら、ノラとプロデューサーのキングは音楽的実験を推し進めた。
「そのひとつが、ライアン・アダムスと共作した”Light as a Feather”という曲よ。今回のアルバムでは、私の持つカントリー色を避けたかったから、この曲をどうやって仕上げ、ほかの曲と結びつけるかあれこれ考えなければならなかった。そこでギターを外してみたら、いかれたオルガンの見本のようなこのサウンドが残って、ほかのパートの下でカミソリの刃のように鳴っていた。一部の要素を取り除くことで、全く新しいものが得られることに気づいたすばらしい瞬間だったわ」
“It’s Gonna Be”のようなノラのジャズ面を取り入れた曲でさえ、かつてないアレンジが必要となった。
「この曲には、さまざまな語り口のスウィンギーなサウンドがある。陳腐な曲になる可能性もあった。でも、ドラマーで友人のロバート・ディ・ピエトロが、ジーン・クルーパとアダム・アントを合わせたみたいなドラムパートを編み出してくれて、それが曲を一変させた。あのリズムがサウンドを決定づけたわ」
ロックビートが揺れる”Stuck”から、心にそっと寄り添うようなバラード”Back to Manhattan”まで、『ザ・フォール』の収録曲に共通する特徴は、ノラの個性的で表現力豊かなヴォーカルだ。ヴォーカルのレコーディングは以前より楽になったという。
「ヴォーカルについては今までよりかなりリラックスできた。これまでもヴォーカルに対して過敏になりすぎたことはなかったけれど、今回のアルバムでは、いつも以上にほかのプロセスに神経を集中してたから、リラックスして歌えたわ」
ノラは昔から実年齢よりも大人びて見えたが、『ザ・フォール』は、ひとりのアーティストが成熟し、クリエイティブな成長において新たな段階に達しつつあることを感じさせる。そして、ヴォーカル、バックサウンド、さらにはサウンド・コンセプトまでもが変化しているものの、今回の新たなアプローチにおける基礎となっているのは、これまでと同様ソングライティングだ。
「歳を重ねたことが作曲にも表れている。以前はシンガーソングライターとしては駆け出しだったから、曲作りにはいつも頭を悩ませていたけど、今は何かにトライすることを恐れたりしない。なんであれ手に取って聴いてみたいと思えるほど自信があるの」